エイサーとは、沖縄の盆踊りのことです。沖縄のお盆は、旧暦の7月13日から15日までの3日間。13日のウンケー(お迎え)で先祖の霊を迎え入れ、14日のナカヌヒー(中の日)を経て、15日のウークイ(お送り)には親族が集まり先祖の霊を送り出します。ウークイに、村の若者たちが集まり、村の家々を太鼓を打ち鳴らしながら練り歩きます。これを道じゅねーといって、踊りや曲はその村によって違います。
そもそも、なぜエイサーが始まったのでしょうか。
実は、正確なことはわかっておらず、いくつかの説があります。数ある説の中で有力なものをご紹介しましょう。
琉球王朝尚寧王の時代、京都の浄土宗の僧侶である
そして、この念仏踊りが、沖縄の昔からの文化と重なって定着し、意味も「祖先の霊を送り出すもの」と変化していきました。
これらのことは、黒装束に裸足、という古典的なエイサーの衣装や、家々をまわって踊るという道じゅねーなどに色濃く残されています。
また、「エイサー」の名は、念仏歌の噺子「エイサー エイサー」に由来し、その語源は「おもろさうし」第十四の「ゑさおもろ」の「ゑさ」にあるという説があります。
「おもろさうし」とは、沖縄や奄美諸島で12~17世紀にわたって謡われた歌謡をまとめたもので、「沖縄の万葉集」とも言われています。「ゑさおもろ」の「ゑさ」は、集団舞踊に調和する節のことを意味し、集団舞踊エイサー歌の先行形態と考えられています。現在のエイサー歌は、念仏者系の仏教的な詞章や琉歌的なものなど異なった歌謡が流れ込んでいて、残念ながら直接のつながりはないものとされています。
こうして始まったエイサーは、時間が経つにつれ変化も見られます。特に、1956年に始まった全島エイサー・コンクール(現在の沖縄全島エイサーまつり)では、各地の青年会が優勝を目指して積極的に取り組んだ結果、豪華な衣装や振り付けも見られるようになりました。今日では、旧盆行事以外や沖縄県外でも披露されています。
